ヴィーガンという選択。それは、古くて新しい「優しい」生き方。
Share
新緑が目に眩しい季節になりました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
今日は、5月に名古屋で開催される「ヴィーガングルメ祭り」への出展を前に、私たちが、Beauté de Pivoineを通じて大切にしている「ヴィーガン」という思想の歩みについて、少しお話ししたいと思います。
2500年前から続く「命への慈しみ」
「ヴィーガン」という言葉自体は比較的新しいものですが、その根底にある思想は、驚くほど長い歴史があります。
古くは紀元前500年頃、数学者として知られるピタゴラスは、「すべての種に対する慈愛」を説き、菜食を実践していました。当時の菜食主義者が「ピタゴリアン(ピタゴラス信奉者)」と呼ばれていたほど、彼の与えた影響は大きかったと言われています。
同時期、インドではブッダ(シッダールタ・ガウタマ)が命あるものとの向き合い方について説いていました。これが後に、私たちがよく知る「精進」の精神へと繋がっていくことになります。
言葉に込められた平和への祈り
現代の「ヴィーガン」という言葉が誕生したのは、1944年のイギリス。ドナルド・ワトソンという人物によって名付けられました。
その背景には、第二次世界大戦という、人類が大きな暴力に直面していた時代がありました。ワトソンは、人間同士の争いと、人間が動物を搾取し殺生している構造は地続きであると考えたのです。彼にとってヴィーガンとは、単なる食生活の改善ではありませんでした。あらゆる生命に対する搾取を拒絶する、「究極の平和主義」の形だったのです。
「可能な限り、また実践可能な範囲で、食用、衣類、その他の目的のために動物を搾取すること、あるいは動物に残酷な行為をすることをすべて排除しようとする哲学および生き方」 (引用:The Vegan Society)
彼が幼少期に農場で見聞きした、命を犠牲にすることに対する痛みから目を逸らさず、「何かの犠牲の上に立たない」という誠実さを追求した結果が、ヴィーガンという生き方でした。
日本人のDNAに刻まれた「精進」の心
このヴィーガンの思想は、実は私たち日本人にとって、決して遠い国の新しい考え方ではありません。日本には古くから、禅の精神に基づく「精進料理(Shojin Ryori)」という文化が根付いています。
精進料理とは、もともと僧侶たちが修行の中で「命をつなぐ」ための食事でした。800年前に道元禅師が記した『典座教訓(てんぞきょうくん)』には、料理をすることも、食べることも、すべてが自分を整える大切な修行であると説かれています。
そこで最も大切にされるのは、素材に対する深い敬意です。追いかけて逃げるもの(肉や魚)を食さず、旬の野菜や穀物の「持ち味」を最大限に引き出す。根っこや皮さえも無駄にせず、慈しみを持っていただく。それは単なる「制限」ではなく、目の前の命を輝かせ、感謝と共に生きるという「知恵」の形なのです。

デリッシュキッチン
少ない材料で簡単!「精進料理」のレシピ32選からhttps://delishkitchen.tv/curations/12262#google_vignette
意志を持って、心地よく。
現代をひたむきに生きる女性たちへ、誠実な慈しみの精神と、生命への優しさをまとった化粧品を届けたい。私たちは、Beauté de Pivoineのものづくりを通して、ヴィーガンという選択をしました。
時を超えて、数々の先人たちが大切にしてきた「調和」の知恵が、今、最新のヴィーガンスキンケアと響き合います。
5月のヴィーガン祭りでは、この「調和」から生まれた製品を皆さまに直接お届けできることを楽しみにしています。
新緑の鶴舞公園で、皆さまの「心地よい一歩」に出会えますように。
参照・引用文献:
-
藤井まり 著『精進料理とは? Exploring the world of Zen vegetarian cooking』
▶︎次回のブログでは、ヴィーガン化粧品とはどんなものかお話しします!